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ビジネスパーソンはみな最終的に「職人」であるべきと私が考える理由

2019/11/06 代表ブログ
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仕事は近年どんどん多様化してきます。一昔前では仕事ですら無かったものも、今はある程度極めていればかなりのものが仕事として成立するような時代になっています。

一方で「働く」ということに対して「お金を稼ぐためとしか考えていない」というような感覚も一般的になってきていると感じます。実際肉体的にも精神的にも余裕があって仕事もあり、そこに打ち込むことがビジネスパーソンとしての成長に繋がる機会と見えても、定時で上がる人という人も多いと思います。

これは良い悪いという話しではなく、時代の変遷ですし、こういった「仕事への感覚」は、定年が65歳として40数年も仕事をしていれば、価値観がパラダイムシフトするのはこれまでの世の常だと思いますので、個人的にはウェルカムであり、その時代にどのように自分が合わせられるか?が重要と考えています。

一方で「仕事感」といったものが多様化する中で、仕事に専心したい人が今後生き残っていくために「自分のスキルの市場価値」は今後一層シビアになっていくはずです。

現代におけるビジネスパーソンとは、むしろかつての「職人」という状態こそが正しいのではないか?と思っています。このエントリーでは、ビジネスパーソンに対して私が感じていることを少しまとめてみました。

ビジネスパーソンは「社会の歯車」と思っている人へ

日本において高度成長期は「モノ」を作り出すことが極めて重要でした。戦後復興の中では「モノ」自体がなく、「電化製品の三種の神器」という言葉に代表されるように、みんなが「モノを持つこと」に極めて価値がありました。その時に多くの方がモノを作り出す業務に携わっていました。有形のものを作るがゆえに「一定の同じ作業ができる」ことが重要であり、そういった人を量産しているのが会社の仕組みであり、その時代の社会の仕組みでした。

それ故、今では「ブラック」と呼ばれるような長時間労働なども横行し、それがある種日本のスタンダードになっていました。それは現在の日本でも「長時間労働への美徳」といったものに反映されているのではないでしょうか?

しかし時代は大きく変わり、「モノからコト」へと価値が転換されてきました。モノそのものはすでに飽和しており、製造業の宿命である「一定期間が過ぎると製造コストは低下する」という法則の通り、日本国内での製造業は減少し、その担い手は数年前であれば中国、近年では東南アジアに変化してきています。

日本はすでに「モノを作る」ことへの価値は低下し、「コトをどのように生み出すか?」へシフトをしています。日本全般でいえば「している最中」かもしれません。

このような変化が起こっている現在、ビジネスパーソンは「個々人がそれぞれ何かしらに秀でたスキル」を持たなければ生きていくのが難しい時代になってきています。周りと類似したスキルしか持たない場合、モノを作ることが目的で、その生産性が人力に依存している場合には良かったのですが、その需要が減りコトへ価値が移り、更に「オンリーワン」なアイデアに付加価値が高くなってきているからです。

つまりこれからのビジネスパーソンは「社会の歯車」となったならばむしろ生き残って行けず、どんどんビジネスパーソンとしての価値が下がります。逆にいえばこれからのビジネスパーソンは、いかにして「社会の歯車にならないか?」が求められます。

この時重要なのは、かつては「社会の歯車=コマの一つのように使われる」であり「歯車にならない=それにとらわれない生き方をする」といった意味でしたが、今後の「歯車にならない」とは、「他の人には持ち得ない、ある種極めたスキルを持つ」ことです。

高度成長期の終焉時期に揶揄したような「歯車ならない」という意味とは、これもまた時代とともに変わってきているのです。

「職人」という感覚が実際にはどんな仕事にも当てはまる

他の人には持ち得ない、ある種極めたスキルを持つ」ということはどういうことか?といえば、言ってしまえば「職人」です。

日本で「職人」というと、伝統工芸士のような「ものづくり」に携わる人が若い時から修練を繰り返し、感覚と無意識のレベルにまで技術を昇華した人を指しがちです。しかしこの「職人」というのは「ものづくり」に限った話しではなくっています。

「営業職」を例にします。
過去「営業職」は「テレアポ」や「夜討ち朝駆け」など、足で稼ぎ、接点を増やし、相手の懐に入って信頼を勝ち得て仕事を取っていくもの・・・・という印象があります。そして大きな企業でこの「営業職」は人員としてもとても多いと思いますし「新卒はまず営業から」という企業もあると思います。

「人の懐に入るのが営業」と言われると、現状も仕事は最終的には「人と人の関係」で生まれ進んでいる部分は多分にありますので、嘘ではありません。ですが、問題なのは「人によってその営業スキルの違い」が大きいという点です。

「営業ができる人」に「どうして営業ができるのか?」ということを聞くと「いや、お客さんのことを考えて提案をして・・・」や「数をこなしていれば誰でもできるでしょ?」、「営業は確率論で、歩留まり1%なら100人に合えば絶対に1人は成約できるんだから簡単な話じゃないですか?」といった返事が返ってきます。

ですが、これは「営業が苦手な人」にとっては理解すらできない話しです。

では何が違うのでしょうか?それが「職人の勘」といった部分です。営業で常に成績を上げる人は、それに携わっている間に様々な事を考え、トライアンドエラーや微調整を常に行い、うまくいく可能性を上げるための訓練を常に繰り返し、積み上げているのです。

この過程は職人が「毎日の修練によって技術を身につける」過程と全く同じです。「手先の感覚」といった筋肉の動きの代わりに「頭での思考の感覚」を鍛えているのです。

優れた和包丁鍛冶が地金となる軟鉄に鋼を接着する際、鋼のごく僅かな質の違いを見極め、鋼ごとに金属に入れる火の温度を変えるのと同じく、優れた営業職は、相対する人のちょっとした物言いや態度、服装や仕草といった変化を汲み取り対応の方法を変えているのです。それは「口調」「使う言葉(ボキャブラリー的な意味)」「態度」「喋り方」「相槌」など。そういう意味では「職人」の技と全く同じです。

そしてこれは「マニュアル化して伝える」ことはできたとしても「その技術を使えるようにさせる」ことが難しいものでもあります。なぜなら「感覚」的な部分なので、分かる人には理解が出来ても分からない人には全く分からないから。

この「感覚的部分」は恐らくあらゆる仕事に存在していますし、今後はスキルを「感覚として理解でき更に再現できる」ところまで昇華できた人が評価されるはずです。

優れたエンジニアの方は、感覚的に「ここは◯◯で実装している方があとあと楽なの・・・では?」といったモノが見通せるようになってきます。デザイナーであっても「赤色をここで入れておかないと」といったことが見えてくるようになります。

今後のビジネスパーソンはまさにこの「職人になるための修行」をしていると考えながら仕事に向き合うことこそが肝要だと感じています。

属人化を避けるのは今後の社会では不可能

一昔前には「属人化の防止」といったことが言われていました。実際今も「会社組織」を回す上では「属人化」は避ける方が、事業継続性という観点でいえば安定しているように思えます。しかし、ここまで書いたとおり、今後ビジネスパーソンとして求められるのは「他の人には持ち得ない、ある種極めたスキルを持つ」です。逆にいえばそういった人を企業は評価するようになります。

つまり企業は「属人化したスキル」自体を評価するようになっているのです。ここで大事なのは「属人化したスキル」を評価しているのであって「属人化した仕事」を評価はしていません。「属人化した仕事」は「単に他の人の情報を共有しない」がゆえにその人にしかできない仕事です。言ってしまえば事情を知ったら自分の仕事が取られてしまうのが怖いが故に情報を漏らさず自分にしかできないと偽っている仕事です。

「属人化したスキル」は「第三者が事情や情報は全部知っていたとしても真似ができないスキル」です。

こういった人が増えた時、企業としては「その人が居なくなったら?」という事を考えるはずです。当然これは「その人が抜けると仕事で困る」から。

しかし高度成長期ならともかく転職が一般的になってきているこの時代において、企業は「その人が抜けると仕事で困る」ではなく「属人化したスキル」を持つ人をどのように評価していくか?という視点で考えるべきと私は考えます。

そもそも社会が「即戦力」といったものを求めている以上、ビジネスパーソンはそういったスキルを身に着けようとし、それを評価してくれるところにいくのは当然の流れです。

つまりこれからの社会では「属人化を避ける」のはほぼ不可能です。その点を考えても、ビジネスパーソンは自分の職域において「職人」足り得るスキルを持つ必要がでてきているのです。

今後のビジネスパーソンはスキルを練り上げるための師匠選びが重要

今後のビジネスパーソンは「他の人には持ち得ない、ある種極めたスキル」をどのようにして練り上げていくか?ということが求められてきています。この時に重要になってくるのは、「職人の修行」過程と同じで、自分にとっての「師匠」をどのように見つけるか?です。

今後のビジネスパーソンには「本やネットで学べること」は「自分で勉強しなさい」という時代になっていくはずです。「本でネットで学べること」は自分でやればできることなので、それ自体の価値は薄くなっていきます。

むしろ「感覚的なもの」をどのようにして身につけていくのか?が重要です。

そこにおいても自助努力でどうにかなる人もいます。過去「この仕事は職人芸とは違うよね」と思われた職域で能力を発揮してきた人も、実はその自助努力ができ、その努力できる方向が自分のしている仕事にマッチしていた人です。

一方で「自分の本質的にすごく得意」なことと「自分がやりたいと思って就いた仕事」がズレている人もいます。しかしこれは往々にして本人も他人もそれは分かりません。特に日本では学生の間に本気の就労体験をほぼしないので、就職活動の結果が「初めてやった仕事」になります。

就職活動で成功をして「希望の会社」に入れても、その会社での仕事が「自分が本質的に得意な仕事」かは分かりません。
「会社」のネームバリューで就職先を選んでいた場合には、配属された部署によっては「不得手な仕事」に当たる可能性もあります。また「希望していなかった会社」に入ったとしても逆に「実は自分の資質にあった仕事」かもしれません。

多くの人にとって仕事はそれが「自分の資質に合っている」かどうかというマッチ度はぶっちゃけ分かないまましているのです。

多くの人は、

  • 就職活動の結果入社した仕事
  • 自分が「この仕事をしてみたい」と思って就いた仕事

のどちらかで仕事をしています。
職種ごと変える転職ができる人もいますが、30代を超えてきてそれができる人は、

  • それまでしていた仕事がどう考えも自分にマッチしなかった(仕事内容か金銭的に)
  • それまでのキャリア・経験を捨ててでもやりたいことがある(キャリアを捨てる=未経験の新卒と同じ扱いになってもいいと思っている)

のどちらかです。

仕事とは、どれだけ情報を探し回っても、いろいろな適正テストを受けたとしても、現時点では「自分に完全に合致した仕事」を見つけることは不可能です。なぜならばそこに「感情」が入るからです。「適正と能力としてはマッチ度100%と出ているけど、その仕事はやりたくない」と思ってしまえば、人はその仕事を選択しないでしょう。

逆にいえば「その仕事をしてみたい」と思うことができ、その思いを継続することができる仕事を見つけるのが一番です。

その時重要になるのは、その仕事における「師匠」足り得る人を見つけられるか?です。

ビジネスパーソンが評価を得るにはみな「他の人には持ち得ない、ある種極めたスキルを持つ」職人化することが必要と書きました。しかし多くの人は自助努力だけではそこに至ることができず、そのためにはそのスキルを持った「師匠」から学び・盗むことが必要になってくるはずです。

師匠によっては自分のスキルを言語化・体系化して弟子・後輩がより早く学べるための「方法論」にまで昇華できている人もいます。名村で言えば、こと「Webディレクター」という職域においては、2000年から全国で育成の講師をし、カリキュラムも持っており、育成方法は体系化+継続的にアップデートをしています。

自分が「この仕事がしてみたい」と思えるものができたのであれば、今後は会社名で選ぶのではなく「誰に教わることができるのか?」で選ぶことが「他の人には持ち得ない、ある種極めたスキルを持つ」ためには重要になります。

現代にあった「徒弟制度」

師匠を求めるということは、自分自身は「弟子」となる訳です。しかしこれは過去の徒弟制度のように封建的なものとは異なってきます。「泊まり込みで身の回りを世話まで含めておこない」、「習うより慣れろ、背中で盗め」といったものではありません。ビジネススキルにおける「感覚的なもの」を身につけるための徒弟関係です。

感覚的なモノゆえに、教える側の師匠も、それが言語化できていないことは多々あります。師匠足り得る人が企業における「先輩」や「教育係」だったとしてもその人は「講師」「教師」ではないということもあります。その人達も教えることを本職にしている訳ではないのですから。

「教わる側」の弟子にも「学び取る」力が求められています。社会に出てしまえば「教えてくれる人」は基本いませんし「やったことがないからできない」のは通用しなくなっていくのです。(ブログエントリー「初めてのことでも答えを導きだすためのたった4つのステップ」もご覧ください)

ビジネスパーソンにとっての職人芸ともいえる部分を持っている人の元で学ぶことができるならば、自らは「弟子」と捉え、師匠のスキルをどのようにして自分が再現できるか?を学ぶがビジネスパーソンにおける結果を出すための最も良い方法です。

現代はとても時代が早くなっています。ホリエモンの「寿司職人になるのに何十年もの修行は不要」というのはある点においては正解です。マニュアル化、数値化できるものについてはそれを伝えてしまえばいいと思います。それを伝えていなかったのは封建的な秘密主義と思います。しかしそれを推し進めた結果は「同じスキルの人は大量に生まれる」ことです。

同じスキルを持つ人が多数生まれるので、その仕事で高い評価を得ることはできなくなります。つまり「給料」が一定のところから上がらなくなるのです。

結果としてその仕事で高い評価を得るためには、結局「他の人には持ち得ない、ある種極めたスキルを持つ」に至らなければなりません。これは寿司職人でいえば「その日の気温・湿度で調味料の配合を変える」「ネタに応じて微妙に切り方を変える」「お客さまの趣向に応じて握り方を微妙に変える」といった部分です。これをデータ化すればそれもまたマニュアル化が可能かもしれませんが、「感覚のデータ化」には今少し時間がかかるでしょう。

ビジネスパーソンにとって重要なのは「感覚的なスキル」を如何にして身につけるか?ということになっていくのです。数値化できる知識・ノウハウは自助努力で学ぶ時代となり、それでは分からない感覚的なスキルを身につけるのに最も良いと思う師匠を選ぶことが今後のビジネスパーソンには求められます。

急ぐべきものと、急いでも無理なものがある

職人が技術習得のための修行に何年、何十年必要、というのがナンセンスと思う人がいると思います。先程記載した「寿司職人になるのに何年、何十年モノ修行なんか不要」という意見も一見確かにそうです。

しかし冒頭で記載をした「営業職」における職人技とも言えるのは「相手の機微をいかに正確に読み解き、そこにマッチした方法で打ち返すか」になります。これを身に着けるのは・・・やはり一朝一夕では難しい。感覚的や洞察力、それに対応できるスキルなども必要な上に、自分自身にその仕事における「適正」があるかどうかも分からないのです。更に「遅咲き」という人もいます。続けていれば「結果が出る」かもしれない・・・のが人生だからです。

「ここまでやって結果がでない・・・でもあと1年やったら出る・・・かもしれない・・・」の繰り返しなのです。しかし「その仕事をし続けたい」と思える仕事でなければ、恐らく職人として能力を身につける気持ちにもなれないと思いますし、「他の人には持ち得ない、ある種極めたスキルを持つ」まではなかなか至らないでしょう。

数値化、データ化できるものを学ぶことに対しては急いで身につけてしまうべきですし、隠す必要もないと考えています。しかし「本人の適正にあっているかあっていないか」という要素から「急いでもどうにもならない」スキルも存在しています。

その見極めを行いながら、自分が「し続けていきたい」と思える仕事においける「師匠」を見つけ、その人の元で仕事をおこなう、ということが今後のビジネスパーソンにとって最も仕事の結果に到達する近道になるはずです。

それこそが現在のビジネスパーソンが職人であると考えている理由です。


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