TOP代表ブログ > 社会人として「こうありたい」と思える師匠を持つ重要性

社会人として「こうありたい」と思える師匠を持つ重要性

2020/02/05 代表ブログ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

東京のWeb制作・ホームページ制作・システム開発会社サービシンクの代表、名村です。

先日「ビジネスパーソンはみな最終的に「職人」であるべきと私が考える理由」というブログを書きました。そこに多少被る話でもあります。

そのブログの中で「師匠足り得る人をみつける」という話を書きました。この事の重要性についてもう少し深堀りしたいと思います。

師匠とはどういったものか?

師匠をもつといっても、そもそも「師匠」とはどういった存在でしょうか。

国語辞典的な意味合いでいえば、

学問・技術・遊芸を教える人。

とあります。

これは確かにその通りで、その道の先人であり、様々な事を教えてくれる人です。では学校の教師は「師匠」なのか、と言われると少しニュアンスが違うような気がします。
また会社の先輩、上司は全員「師匠」なのか?と言われると、それもまた違う気がします。

「師匠」という言葉の中には「この人の言うことは無条件に聞くことができると思える」という要素が入っている気がします。
もちろん芸事の世界であればその要素は強くなり、仕事人(いわゆるビジネスパーソン)の世界であればその要素は弱まるかもしれません。

逆にいえば指導を受けた時に「それは違う」「なんでそんな事をいわれなければならないの?」と、つい感じてしまう相手は「師匠」とはいえず、「教師」「先輩」「指導者」「上司」といったもので止まる人ではないでしょうか?

ではこの「この人の言うことを無条件に聞くことができると思える」要素があると、自分にとっては何が違うのでしょうか?恐らくそこには「自分で成長したい」「この人のようになりたい」という意思があるはずです。

芸事も仕事もある一定の知識・スキルを身につけた後の伸びは、その自身の「どうなりたいか?」という自らの意思が重要な要素になります。

しかしこの「どうなりたいか?」は、その人の経験、育ち方、出会った友人・知人、身についた価値観などの様々な要素が組み合わさり生まれます。 そのため、学校の教師や上司・先輩では「知識やスキル」と同じようには教えられない要素でもあります。

しかし「どうなりたいか?」ということが自分の中で芽生えたならば、なりたい自分になるため「何かを犠牲にしてでもやりたい」いう原動力が生まれます。

「犠牲」と書くと「無理、我慢、無茶、嫌なこと」とい反射的に受け止めてしまいがちですが、決してそうではなく「選択」という意味です。

1日が24時間であり、一年は365日であり、いずれ人は死ぬ、という時間的な制約は万人に平等です。 ですから、「このペースで活動していたら、なりたい自分になれるかもしれないけどその前に寿命で死ぬ」ということと天秤にかけ、「死ぬ前にこうなりたい。だとしたら○○ではなく✕✕を取る」選択をすることになります。

この時の「○○ではなく」というのが「それ以上にやりたい✕✕を取る」という選択になるわけです。

ですので「どうなりたいか?」を持っている人は、自分の意思で可処分時間の取捨選択をおこなうようになります。やりたいことに優先度が付けられるわけです。

この様に「師匠」と思える人をもてた人は「どうなりたいか?」がはっきりしている状態にあるといえます。
そして「師匠のいうことは聞ける」という人は「やりたいことのために可処分時間を使う」状態であり、自分の意思をもって成長ができる状態にあるとも言えます。

では現代において、芸事の世界ではなく「ビジネスパーソンの世界における師匠」はどうすれば見つけられるのでしょうか?

「自分の会社の先輩、上司、代表は尊敬もできないし、師匠と呼ぶなんてもっての他だ」という言葉も聞こえてきます。ビジネスパーソンとして組織に属していてその上司が師匠と思えなければ絶望するしかないのでしょうか?

師匠は同じ会社の人じゃなくてもいい

私には「ホームページ制作・システム開発」の業界で3名、「この人のようになりたい」と思い続けている人がいます。

彼と同じ会社だった訳ではないですし、仕事のやり方を手取り足取り教わっている訳ではないので、言葉の定義でいえば「師匠」ではなく「目標」という方が正しいかもしれません。

しかも当人と実際に会えば、Webに関する様々な話で意見をぶつけることも多々あります。そうなると先程の「この人の言うことは無条件に聞くことができると思える」からはいよいよ離れてるもいえます。

しかし実は少し違っています。

直接指導を受けているわけではないですし、芸事のような師弟関係でもありません。
ですがその3名と相対している時は、常に根底に「この人の言葉はどういったところから生まれているのか?」「自分はこの人の経験やキャリアの領域にどうすれば到れるのか?」といった尊敬の気持ちがあります。

そういう意味では精神的な「師匠」といえます。

ここで言いたいのは「師匠」は必ずしも自分の所属している組織の、常に指導を受けているような近い人でなくてもいい、ということです。
外部の研修やセミナーなどで指導を受けた人であっても一向に構いません。

大事なのはその人に対して「自分もこうなりたい」と思える人であることです。もちろんそれが自分が所属している組織の先輩、上司、代表であれば本当にラッキーです。

ですが、先輩、上司、代表は、常にその組織万人の師匠になれる訳ではありません。
本当の徒弟制度であれば「この人に学びたい」と思い弟子入りするところから始まるのですが、社会人の組織ではそれだけで選んでいる訳ではありません。場合よっては「まずは就職をしなければならない」という観点から仕事についた人もいると思います。

そうなると、そもそも価値観にずれがある組織に入っていますし、万人に尊敬される人というのも無理な話で、「上司なのに尊敬できないんだよな」と言ってもそこにはそもそも無理があるのです。(もちろん社会人としての最低限のマナーとしての観点から尊敬できない、嫌悪する、というのは話が別です)

ですので、会社の先輩、上司、代表が自分にとって師匠にならなくても全く問題ありません。外部に自分の師匠を見つけ出せばOKです。

師匠は同じ業界の人じゃなくてもいい

もっといえば、師匠は「同じ業界」の人でなくてもいいと思っています。

「こうなりたい」という目標が「ビジネスパーソンとしての姿」ではなく「人としてこういう人間になりたい」と思える人であれば、違う業界の人でも「師匠」と思える人を持つことができます。

私は元々が声優・舞台俳優だったこともあり、演劇の世界で指導を受けた方の何名かは、役者からは足を洗った今でもお付き合いをいただいています。

その方々とは今お会いしても確かに演劇の話にはあまりしません。しかし「生き方」の話をしていただけます。そしてその「生き方」は、私にとっては「こうなりたい」と思えるものです。

業界が違ったとしても「師匠」を持つことは可能です。そして多くの場合、同業者でない場合には「生き方」といった観点で自分を支えてくれる人であったり、価値観を提供してくれる人、存在といえるのではないしょうか。

そういう人を持つのであれば、同じ業界の人である必要は全くありません。「生き方」は普段の行動に変化を及ぼし、それは結果として自分の仕事にも変化を与えてくれるからです。

師匠は実際には会ってない人でもいい

私には実際にはお会いしたことがないけど一方的に「師匠」と思っている人がいます。

それは誰なのか?といえば、テレビの主にドキュメンタリー番組に出演された方、番組名でいえば「プロフェッショナル仕事の流儀」と「明日への扉」に出ていらっしゃる方々です。これは一種の「憧れ」のようなものかもしれませんが、いわゆる「アイドル」への憧れとは少し違うと思っています。

プロフェッショナル仕事の流儀」には、さまざまなプロフェッショナルが登場します。

あの番組で訴求したいのは、恐らくプロフェッショナルの技術やこれまでの実績ではなく、その人が今「どういう想いで『仕事』に向き合い、どうなりたいと持っているのか?」といった根底の部分のはずです。技術や実績はそれぞれのプロフェッショナルが「どうありたいか?」の積み重ねの結果でしかないからです。

「仕事、生き方にこだわりを持つ、というのはどういう心境なのか?」に始まり、それを自分に投影して「自分の仕事でもそのように思い仕事をしたい」と思う。そのように思える人が見つかれば、自然とその人は自分にとって「師匠」たりえると私は思っています。

その観点を持つきっかけになればいいと思い、サービシンクでは「プロフェッショナル仕事の流儀」のDVD完備しています。メンバーは社内の休憩エリアである「カフェブルックリン」でいつでも自由にみることが可能にしています。

医者でもあって、鐃鉄技師であっても伝統工芸士でも何でも構いません。「仕事は違うけど、こんな風に生きてみたいな・・・」と思える人を見つけてもらいたいのです。

では、名村にとって「プロフェッショナル仕事の流儀」に登場した方で「こうなりたい」と思える人はいるのか?

私にとっては、

この方々は、恐らくDVDで言えば50〜100回ぐらい見ている方になります。

同様にそういったきっかけにしているのが「明日への扉」です。
この番組はCSで放送され、youtubeチャンネルで過去の放送分が全てアーカイブされています

内容は、伝統工芸士を目指す若手の方が独り立ちを目指し、それに向け修行してる過程が一人20分ぐらいで作られています。
驚くのがこれが10年以上、そして100名を超える伝統工芸士の方をフォーカスし続けていることです。

概ね一回の放送の構成としては、

  • 独り立ちを目指して修行をしている伝統工芸士の奮闘や苦労・苦悩
  • 自分の師匠とのやり取り

となっており、登場する師匠には「突き放す」タイプの方もいれば「寄り添う」タイプの方もいらっしゃいます。

プロフェッショナル仕事の流儀」と同様、番組の大きな構成が一定しているからこそ、沢山見続けると取材をされている方々の「仕事にかける思い」が際立って見えてきます。

私はこの番組は全話みているのですが、これだけ沢山の方の仕事への思い、弟子への思い、師匠への思いといったものを見続けると、「この様に仕事に熱量をもって生きる」ということへの一種の憧れが生まれてきます。

人によっては「会うことのないだろうけど、この人には負けたくない」といった思いも生まれるかもしれません。

このような思いを自分の中で持つことが「師匠」を持てることの意味であると思っているので、私にとっては「実際にあっていない」人であろうと、自らの師匠とすることは可能だと思っています。

「こうありたい」という憧れは成長の原動力になる

ビジネスパーソンとして「成長をし続けたい」と思う時、外部からの刺激を全く受けずに走り続けられる人は稀有だと思います。そしてその「走るための原動力」には、

  • 師匠のように「なりたい」から走れる
  • 上司、先輩、先生から「教えられる」から走れる

といった内発的・外発的な違いがあります。

内発的な動機」から生まれる欲は、心身の成長のためには「適度な負荷・ストレス」であり、成長のためのストレスとして上手く機能してくれます。しかし外発的な動機から生まれる行動は、場合よっては過度なストレスとなり、成長を阻害することや心身にも無理が出てきます。

特に現代はダイバーシティとして、個々人の考え方が尊重されます。これはともすると「自分の意見が何より大事」であり「他者の意見は聞かなくても良い」となってしまう可能性もあります。
ましてやそれが「自分にとってストレス」と感じるのであれば、全て「個人の考えが最重要なのだから、外部の意見は受け入れる必要はない・聞き入れなくてもいい」という自己弁護に繋がりかねません。

それはそれでいいとは思うのですが、その状態が続いた結果は、周りからアドバイスをしてくれる人がいなくなり、「自分だけで自分の価値観を全て作り上げる」「動くための原動力を自分え生み出す」ことになりかねません。

先人の知恵が全て良いものか?と言われるとNGなこともあるでしょう。また先人が自分の経験を「時代特有の話ではなく、普遍的な話に昇華して伝える」というのも、全員が出来るわけではありません。

だからこそ、積極的に自分の「師匠」といえる人を見つける行動をとり、自分の内発的な原動力を創り出せるようになることが、核家族、ダイバーシティ、個の価値観の尊重という時代においてはむしろ重要だと考えています。

何歳であってもそういった人が見つけられたのであればそれはそれでラッキーです。自分の成長のため、ぜひ自身にとっての「師匠」足り得る人を見つけてみて下さい。


東京のWeb制作・ホームページ制作会社代表の名村のブログ

1996年からWebサイト・ホームページ制作・システム開発をおこない続け、2000年〜はHOME'Sを始めとした不動産業界のWeb制作を20年に渡っておこなってきたサービシンク代表の名村のブログは下記からご覧いただけます。

会社の企業理念や実施している様々なことの意図なども含めて書き起こしています。

サービシンクの代表 名村のブログ一覧はこちらから


Webサイト制作・ホームページ制作・システム開発・運用のことで、お困りではありませんか?

我々は25年以上に渡って数々のWebサイト制作・ホームページ制作を手掛けてきました。東京都内でも、戦略策定からホームページ制作、システム開発から保守運用、さらにはA/BテストといったCRO対策までに強いWeb制作・ホームページ制作会社は多くありません。

その中でも我々は特に不動産業界においては不動産ポータルから中〜大手不動産会社、地場の不動産会社までおよそ不動産業界のあらゆるサイトを手がけてきました。
不動産会社様のお困りの事象にはさらに一歩踏み込んだご提案が可能です。

お困りのことがあればお気軽にご相談ください。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Webサイト・システムの
お悩みがある方は
お気軽にご相談ください

お電話でのお問い合わせはこちら

03-6380-6022

平日 9:30~18:30

ページTOP