不動産業界特化型制作会社サービシンク
> 新卒の学生へ2「社会人の残酷だけど知っておくと得する生き方」を伝えます

新卒の学生へ2「社会人の残酷だけど知っておくと得する生き方」を伝えます

2019/10/02 代表ブログ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

以前にこれからの新社会人の人向けに「新卒の学生へ1「社会に出てお金を稼ぎ・理不尽と向き合う」方法を伝えます」という記事を書きました。今回はその続きとなります。

もしよければ前回の記事をご覧になった上で、今回の記事をご覧ください。

前回のおさらいですが、前回は下記のテーマで話を書きました。

  • お金を稼ぐということ
  • 社会に出た時に感じる「理不尽」を考えてみる
  • 「型」を作り、身につける

学生の方向けの話として「社会人とはこういったものだよ」という内容でしたが、今回はもう少し具体的な話をしたいとおもいます。

というのが、多くの学校や企業も「就職をする」する学生に、「夢」や「希望」といったふわふわしたことしか伝えていません。そして入社してしばらくは「早期退職をされないように」優しくはれものを触るように扱います。

その結果新社会人の皆さんは「会社ってこういうものか」「社会人ってこんな感じか」と勘違いをしてしまいます。そして5月ぐらいになり徐々に会社側が「仕事だぞ、これは」という本来の厳しさを伝えると「思ってたのと違う」「会社がむちゃくちゃを言う」と思ってしまうのです。

これは「社会人になる」「社会人は学生時代の「当たり前」が変わります。その変化を知れば活躍が早くできます。」を知らず、「社会人が当たり前に求めらるものが何か?」を知らないことからくるのギャップです。

もしこの記事を現在学生の方、また新卒、第二新卒ぐらい方が読んでくれていれば、今から書くこととを「知っているか知らないか」「理解をした上で腹を決めているか決めていないか」では会社での動き方が絶対に変わってくるはずですので、是非ごらんください。

「仕事」とはそもそも何か

改めていうことではないですが社会人になれば「仕事」をすることが求められます。では「仕事」とは何でしょうか?

多くの学生が「就職活動」の中で「どんな仕事をしたいか?」を考えると思います。ですが、そこで考えているのは、社会人における「作業内容」になっている事がほとんどです。

  • 営業ってやったことがないから苦手だ
  • エンジニアになってバリバリプログラム開発をしてみたい
  • デザイナーになってクライアントに認められるデザインを作るのだ

といった内容です。これらは社会人にとっての「仕事」の本質ではありません。

社会人になっておこなう「仕事」との本質は、その業務での「成果」を出すことです。その「成果」は決して「デザインを作る」「プログラムを書く」「企画を考える」ということではなく、最終的には「どういった利益を出せたか?」に帰結します。

なぜなら企業は「利益を追求する集団」と定義されているからです。

これが「仕事」を突き詰めて考えた時の中身になり、それを行う手段・作業そのものに対しての興味関心でどんな仕事に付きたいかを考えている、というのが就職活動における本質になります。

ですから、最終的には自分が携わっている業務において「何ができれば利益に繋がるのか?」を考えていかなければなりません。その視点を忘れると「いわれた業務はしている、勉強もしている」のに「会社で評価されない」となってしまいます。

特に「勉強している」「知識がある」ことそのものは仕事にはおいては直接評価されることはほとんどありません。仕事に必要な知識があればそれは「結果」に繋がるはずで、その成果に繋がっていないものは「仕事としては評価されない知識」となってしまうからなのです。

「学生」と「社会人」の立場の違い

学生とは「自らお金を払って、自分の意思で『勉強』をしにいっている」立場です。

ですので、高校・専門学校・大学・大学院など義務教育以降の学校は基本的に生徒は「お客さま」なのです。お客さまなので、学校側には「貰っている学費に対して『勉強をしてもらう』義務」があります。その意味では学生側が学校の提供しているサービスに費用対効果を感じるか否かの判断基準があるとも言えます。

一方で学生時代に「学生としてするべきことをしない」というのは、例えるならば「コンビニに行って飲み物を買って一口の飲まずにそのまま捨てている」のと同じことです。

学校と費用の関係

これは自分で学費を出している訳ではない人にとってはなかなか実感しづらいのかもしれません。また「大学にいく」こと自体が「特別なこと」ではなくなっているため、なんとなく大学受験をしてなんとなく大学に行くことになった人にとっては、「大学の授業、面倒くさいから今日はサボろう」と思ってしまうかもしれません。実際私も学生時代はそういう感情がありましたし実際したこともあります。ですが、社会人になって分かりました。

しかしそれは「わざわざお金をだして買っているものをそのまま捨てている」のと同じなのです。

一方で社会人は「成果を出すことよってのみ『対価』が得られる」立場です。
会社にとっては従業員は「お客さま」という訳ではありません。

学生と違い、会社には極論としては「育てる義務」はありません。勉強をさせることも求められている訳ではありません。突き詰めれば「利益を出す集団」なので「利益をだす」ための副次的な作業として「業務知識がない人の教育」があるだけです。ですので、仮に業務時間外に勉強をするなりして会社側から見たときに「教えなくてもできる」という人が評価されてしまいます。

これは学生時代に学校の先生が「分からない事を教えてくれる」のとは同じ「教えている」であっても全く出発点が異なっている点なのです。

「勉強する」ことへの優先順位の変化

社会に出ると先程書いたように「勉強する」こと自体は求められません。
突き詰めれば「成果を出す」ことしか求められなくなるので、極論としては「必要であれば業務時間外に自分で勉強しなさい」ということになってしまいます。

近年「働き方改革」によって業務効率がますます求められるようになりました。20年前とかならば残業中に本を読んでいても多少許されていましたが、そういったことが許されなくなってきています。(「勉強は就業時間中にしないでください」という企業が実際にあります。サービシンクはそこまで厳しくはありませんよ)

何度も書きますが、これは会社自体は「勉強をさせてくる場所」ではありません。

勉強は「必要であれば自分でしなければならない」のが社会人です。必要と思った人は就業時間内であっても就業時間外であっても勉強をしています。

また学生と違い「何を勉強すればいいのか」については、短期的な視点では会社の先輩は教えてくれるかもしれません。ですが、社会人人生を通した長期的な視点での勉強内容は誰も教えてくれませんし、教えることができません。

「プライベートを削って勉強しなければならないのか?」「会社の業務で必要な勉強は会社が教えるべきだ」と思う人もいるかもしれません。

この理屈は、

  • やったことがないのだから教えてもらわないでできるわけがない
  • 教えるのは雇用側の義務だ

といったことかもしれませんが、学生時代と社会人では前提が変わっています。

高校生以上の人は、自らがお金を払って「どうぞ私に勉強を教えて下さい」という場だから学校側は費用の対価として「勉強を教えてくれた」だけです。高校における受験対策の特別クラスな授業なども「生徒がいい大学に進学してくれると自高校の評価が上がる」から教えているのであって、究極論はビジネスです。

この物言いは学校の先生からも学生の人かも賛否両論出るとは思います。しかし高校以上は基本学生側の自由意志で自分で選んで「ここに入りたい」と思って入試を受けて入っている事になっています。(高校受験時にそこまでの判断力が学生自身にないまま受験をしていることが問題だと思います)

その「この高校・大学に行きたい」というのは本質的には、その学校の偏差値だけではなく、校風、学業の指導方針、先生の採用方針、部活の指導方針などをすべて含めて判断するべきです。

ですから、現代においては「大学も高校も学校側は生徒に対してビジネスの視点がある」と考えている方がいっそ楽なんです。そこに感情論で「学校とは教育を通してうんぬんかんぬん・・・・」ことを持ち込むから「学校としてそれはいいのか悪いのか」といった発想になるのです。
ビジネスなので、対価に見合ったことをしているし、それ以上は「基本的には」しません。sもししてくれているのだとしたらそれは先生の好意であり、その好意を当たり前と思ってはいけないのです。

話が脱線しましたので、学校を卒業して社会人になった人に訪れる立場の変化です。

社会人は「高校、もしくは大学を出たことで、それらの学府を卒業するだけの学力があり、その上で『自ら学ぶ』ことが最低限できる能力がある」と判断されている人です。

立場 求められること 自己責任になること 前提
学生 勉強すること 成績 受験資格の条件
社会人 仕事での結果をだすこと 結果を出す方法を考えること 「社会人」になれる知識は身につけている

つまり「大学・高校を出ている」というのは、「卒業証書を持っている」ことではなく、「卒業するだけの学力は身につけている」ということが前提になっているのです。

その意味でやはり学校卒業は日本式よりも「出るのが難しい」欧米式の方が良いと思っています。要は学校を卒業したとき「学校を卒業したことに足り得るスキル」を身に着けないまま社会に出られてしまうのが日本だからです。

立場 捉えられ方 求められること
学生 お客さま 授業を受けること
社会人 仲間 仲間として助けてもらえるが、自分も「助ける」能力があること

社会人にとっては「教えてもらえる」という前提が間違えていて、「教える」ことは企業側の極論としては義務ではないのです。

さらに突き詰めると勉強をさせることは会社側ではコントロールができないのです。

なぜならば、「評価」は最終的に組織・コミュニティにおける「結果」での判断になります。そのときに基本的には「経過・過程」は評価の対象にはなりません。

そのため仮に「プライベートで勉強をして、それによって仕事の成果を出せた」人がいた場合、「就業時間中にはすごく真面目にやっていたけど、結果が出せなかった人」よりも良い評価を得てしまいます。

もっといえばある仕事、ある業務において「勉強しなくてもできる」人と「勉強してもできない人」が存在します。全社はその仕事においては「才能がある」人で、後者の人はやっている仕事と能力に乖離があるのでしょう。

その時、後者の人を「勉強しなくてもできる状態」や「勉強した分だけできる状態」にすることは会社側はしてくれません。

「他人がやっている努力と同じだけやっても人より遅れる」ならば、単純にその仕事における才能がないのでそれを乗り越えるだけ努力をするしか無いですし、それを無理と思うならば仕事を変えるべきです。

また「プライベートで勉強をしていた」人を相手にして「プライベートで勉強しているのは卑怯だよ。就業時間の8時間だけ身につけたもので勝負しろよ」といったことはナンセンスです。

プライベートは自分が自分の人生のために使う時間なので、「仕事のために使う」のも「自分の余暇のために使う」のも自由です。そしてその「自由な時間」を何に使うか?によってその会社内だけではなく「市場」での価値が変わってくるのです。

ですが、それは本来学生の時も同じです。
放課後の時間にどれだけの勉強をするかは本人に任せられていて、その中で、遊ぶのか勉強をするのかを選んできた訳です。

当然人には能力、向き不向き、才能には違いがあるので「同じ時間の勉強」をしたとしても、習熟度は人によって変わってしまいます。残念ながら「人は平等ではない」のです。

社会人として時間が経過すればするほど「じっくりと勉強する」といったことができなくなります。新卒で入社してからの数年が勝負になってくるのが社会人の勉強の怖さの部分になります。

そのことは「できるだけ若いうちから「メタスキル」を身につける事に時間を費やす重要性」に書かせていただきましたので、別途ご覧ください。

「自分らしく」の優先度

近年は「ダイバーシティ」などの考え方で「個人の考えを重要視」「自分らしく生きる」ということが一般的になっているかもしれません。

学生時代まではそれでも問題ありませんでした。学生は友人はいても責任を伴う事案の観点でいえば「一人」だけの集団だからです。

しかし社会に出ていくと一人では生きていけません。個人事業主やフリーランスであっても仕事は他人と行います。物を買うといったこともネット越しになっていたとしてもその先には必ず「販売主」の人がいます。
完全に自給自足の生活をしない限り、必ず「他人」と関わるのが社会で生きていくことです。

そして「社会」は必ず何かしらの「利益の交換」によって成立していますので、必ず他者に利益を与えないと生きていけないのです。

その意味において、社会で生きていくには常に他人の利益に自分の言動の制限を受けることになります。これは会社、家族、友達などあらゆるコミュニティにおいて同じです。

そのため、無条件・無制約の「自分らしさ」を発揮できるというのは有りえず、何かしらの制限の中で「自分らしさ」を発揮しないといけません。

最近の風潮にある「自分らしく生きる」は、外部からの制限を受けることを避ける、逃げる、そしてそれを悪と思うといったものがありますが、何かしらの制限を受けないで「自分らしく」生きれる場所はないのが社会です。

名村さんは起業して社長で最高権限者だから何でも自由に決められるじゃないですか!?

という意見を持つ人もいるかも知れません。
しかしそれは勘違いです。企業の代表は「企業を継続させる上で、市場から制約を受けている」立場なのです。

市場の方が大変ですよ・・・良し悪しを言葉では言ってくれないんですから。それに比べたら上司や同僚、サークルの中でのやり取りなんて「言語化」されているだけマシです(笑)

この「他者からの制限」があるという前提に対して、

  • 人は自由であり、そんなのはあるべきではない
  • 他者から制約を受けたくない
  • そんなのはナンセンスだ

と考える風潮がいつしか「それが正しい」という世論になり、勘違いを生み、その結果本来は当たり前に存在する他者からの制約を必要以上のストレスと感じてしまっているのが近年の状況ではないでしょうか?

社会における「自分らしさ」は「他者からの制約がある中で発揮するもの」という前提を忘れてはいけません。人は「不自由さの中から自由さを選ぶ」ことで生きていけるのです。

成果を出すための方法

社会人は「成果」を出すことが求められますが、難しいのはその「成果を出す方法」が分からないことです。

学生時代は「勉強をして、記憶をして、練習をする」ことによってある程度「成果」が得られることが分かっています。ですから「成果=テストの点数」が得られないのはその人の努力が足りない、と言う比較的分かりやすい構図があります。
逆にいえば「もっと時間を割いて」勉強すれば成果を出しやすくなっていきます。

しかし社会人で求められる「成果」の出し方は、誰も教えてくれません。その方法を考えることから全て求められます。そして場合によっては誰もやった事がない全く新しいことをしなければならない場合もあります。自分の会社の上司ですら「答えを知らない」ことだってザラです。

「上司なんだからその方法を知ってるべきだ」というのは会社に対して「教師」を求めている思考です。ですが、上司は教師ではありません。上司の役割は「指示命令」と「責任」を追う立場です。

もっといえば、「上司は答えを知っているべき」という思考の人は「教えられないとできない」と言っているのと同義です。

これからの時代は様々なテクノロジーが、多くの人がこれまで経験したこともないほど理解を超える速度で進化していきます。その時代に生きていて「誰かが答えを知っている」ことを期待することの方が無理です。

まだ誰もやっていないことを出来るようになっていかなければ付加価値が上がらない

きっと上司ですら様々な経験を元に常に「推論」をしているだけで、それをさも「以前から知っていた」かのように話しているだけです。

また仕事は勉強と違い、自分ひとりの努力だけでは済まず、我慢や、周囲の協力を得る、といったことも求められます。場合によっては「社会の状況」といった個人や会社ですらどうにもできない理由によって成否が分かれるものもあります。

そのため、社会人は「教わっていない」「やったことがないからできない」ということは通じないのです。

そのことは以前に「初めてのことでも答えを導きだすためのたった4つのステップ」でも記載をいたしました。この「成果を出すための方法が不明という中で、どうやれば成果が出せるか?」考えられることが社会人に求められていることです。

考えていることは伝えるには「説明」では足りず「説得」が必要

社会人になったときに多くの人がつまづくのが「周りや上司は自分のことを分かってくれない」という点です。

これも学生と社会人の違いの大きな点ですが、会社や社会はあなたが発信をしない限り理解をしてくれないものです。もちろん「顔色が悪い」「骨を折った」といったようなレベルは別ですが、「考えていること」を周りが察して先に動いてくれることはかなり稀です。

言葉で伝えたとしても会社も上司も同僚も超能力者ではないので、あなたの考えていることの全てを正しく理解することはできません。

しかし学生時代、生徒は学校にとっての「お客さま」ですので、顧客満足度向上のために「お客さまの満足度調査」としてさまざまな不満・不安等に対してヒアリングをして対応をしてくれます。

しかし「なにか困ってることはない?」と相手から聞かれなければ伝えられないというのならば、それは幼稚園児が先生から「お腹へってない?」「おしっこ行かなくていい?」といわれているのと同じです。

社会人の場合には「相手に説明をして納得をさせる」ところまでが求められます。単に言いたいことを説明をするだけで足りないのです。
相手に「利があることを理解し、納得して行動をしてもらう」ところまでしなければなりません。

相手に説明をして納得をしてもらう

この「納得して行動してもらう」ことがゴールであるのに、「説明をした」「伝えたのに理解してくれない」といった感情をもつことがあれば、それは「納得させるところまで出来ていない自身のプレゼン力の不足」です。

つまり社会人になれば、どんな職種・職域であろうと大きな意味での「プレゼンテーション能力」が必須になります。

同僚、上司、プロジェクトメンバー、クライアントなど、様々な関係者に対して「考えていること」を伝え「理解」し「納得」した上で「こちらが思っている行動をとってもらう」までやらなければなりません。

そのためには伝える相手の立場にとって「何か利になるのか?」ということを調査・逆算をして、戦略を練って「どういった時間に」「どういったタイミングで」「どういった方法で」「◯◯と反論されたらどう返すか?」といった戦術に落とし込んだ上で伝えなければなりません。素のままで伝えても伝わらないのが社会人のコミュニケーションです。

これはどの職域であっても何も変わりません。
もっといえばこれこそが「営業力」と言えるものです。

社内の人としか基本やりとりをしない、といってもその相手に対して同じように「説明して納得させる」ためにどのようにプレゼンテーションをすればいいか?を考えなければ「伝えたのに相手が理解しない」というジレンマに陥ります。

「伝えたのに相手が理解しない」と思った場合には、その相手側の立場にもなってみてください。「何かを言っているがメリット・デメリットが分からないものをただ自分勝手に『やりたいんです』と言われてもどうしたらいいのか?」と相手は思っているのです。

評価される基準の変化

先程の「説明して納得させる」点が不足していることで一番不満に思うのが「評価」です。「自分はこれだけやった」VS「君はこれができてない」といったやり取りになりがちです。

社会人の評価は学生のように定量的に測れるものばかりではありません。複数人で行う業務もあったり、デザインなどは人によって良し悪しの判断がどうしても変わるものがあります。そういったことを考えれば社会人の評価は最終的に曖昧な部分がどうしても残ります。

定量化できる評価はもちろんそれで行いますが、それができない評価が残る以上、「正しい評価」「適切な評価」「明快な評価」自体を求めるのが難しいと言えます。そもそも万人にとって「正しい」はありえません。

これは社会人の「理不尽」な部分でもあります。しかしそれならばなおさら「自分がやった成果を相手に伝わるように伝える」スキルが求められます。

また多くの企業に評価指標はあると思いますが、その目の前の評価指標に合わせて四半期、半年、一年といった評価期間をやり過ごすのではなく、その組織・コミュニティで「本質的に求められている曖昧な価値観」を捉えてそれを達成するための方法を考える方がうまくいく場合の方が多いでしょう。

そして何より重要になってくるのは、「評価は他人がする」というものです。

自己評価で「自分はこれだけやっている」というものが全くの無意味です。

もしその「自分はこれだけやっている」というものが客観的にも正しいのであれば、それを他人、多くは上司になるはずですが、その相手に「説明をして納得をさせる」方法をとらなければなりません。その「説明して納得させる」とことまでが社会人としての「評価を得る」方法だからです。

最後に

学生から社会人になった時に「戸惑う」点をかきあげてみました。

こんなことをしなければならないか、社会人になるのが怖い、理不尽だと思うかもしれません。しかしこれらのことを少なくとも「知った」上で社会にでれば、それほど焦る必要はありません。

例えば「会社にとって勉強させるのは義務ではない」とは書きましたが、実際には多くの企業で先輩は仕事を教えてくれると思いますし、研修などもあるでしょう。

一方で社会人になり、会社組織にはいると自身の評価のされ方が変わることで、学生時代に比べると「自己肯定感」や「承認欲求への充足感」が薄れる場合があります。その結果として会社や周囲の言うことが納得できない、自分には合っていない気がする、といった感覚を持ってしまいがちです。

そのときに転職を考えるかもしれません。しかしこれはいわゆる「隣の芝生は青い」と同じで、そちらにいけばやはりその「隣の芝生は青い」く感じます。

これは多くの社会人がずっと思い続けることです。決して珍しいことではありません。隣の芝が青くみえるからこそ、今の環境のよくない面ばかりが目に付き、あるかわからない理想とのギャップを考え、新しい環境を求めるようになってしまうこともあります。

そういった時、矛盾しているのですが「石の上にも三年」という考えと「さっさと次にいけばいい」という感情の狭間で揺れ動くことになるかと思います。そもそも人間は「今を維持しようとする力」と「今を変えようとする力」の療法を常に持っています。

しかしその時、「確実性の効果」という認知バイアスに陥っていないか?を考えてみてください。

これは、

「ほぼ確実」に被る大きな損失を逃れるためなら、割の合わないリスクテイクをしてでも逃れたくなる認知バイアス。

というものです。

社会人になれば今やっていることの「結果」がでるまで人によっては3年、5年、10年とかかるかもしれませんし、長年やっても結果が出ているか「分からない」場合すらあります。

学生までの時間感覚でいえば「3年なんていつ来るか分からない未来」のように思うかもしれません。「10年なんて待つつもりはなく、もっと早く自分は色々できるようになれるはず」と思っているかもしれません。

ジョブホッパーになってキャリアを積める人もいれば、全くキャリアにならない履歴になる人もいます。それは結局その人の考え、目標、ゴール設定などに大きく依存します。

ただどちらにしてもあまり性急に決めない方がいいと思っています。

私自身はサービシンクを創業するまでに2社経験し、それぞれ5年間在籍しましたがどちらも最初の1〜2年は「なんでこうなんだろ?」「もっとこうしたらいいのに・・・」とネガティブに思うことも多々ありました。

しかしそれぞれ後半には「ああ、そいうことか」と理解でき、その枠組の中で「こうしていけば仕組みも自分の評価も変えることができる」と思う点が見いだせました。もしその手前で辞めていたら「愚痴」しか残らなかったと思いますが、結果的に5年いたことでそういったものはほぼありません。

これから社会人になる皆さんにとっては、社会では良いことも辛いこともあると思います。
その時「社会の前提」としてここに書いたことを理解した上で立ち向かっていってもらえれば、きっと学生の時よりも遥かに大きな楽しさや喜びにも出会えると思います。


不動産業界特化のWeb制作会社代表の名村のブログ

不動産業界特化でWeb制作・システム開発・不動産テック事業をおこなうサービシンク代表の名村のブログは下記からご覧いただけます。

会社の企業理念や実施している様々なことの意図なども含めて書き起こしています。

サービシンクの代表 名村のブログ一覧はこちらから


不動産業界のWebサイトのことで、お困りではありませんか?

不動産業界のWeb制作に特化し、戦略策定からサイト制作、システム開発から保守運用、さらにはA/BテストといったCRO対策までに強いWeb制作会社は多くありません。
我々は不動産ポータルから中〜大手不動産会社、地場の不動産会社までおよそ不動産業界のあらゆるサイトを手がけてきました。
不動産会社様のお困りの事象に一歩踏み込んだご提案が可能です。

お困りのことがあればお気軽にご相談ください。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

お仕事のご相談、採用、その他のご質問等は下記のフォームよりお問い合わせください。
※2020年度新卒採用は募集を締め切りました。

ページTOP