最終更新日:  公開日: AR・VR・MR

Even G2のアプリ作りに明け暮れた1ヶ月

こんにちは、サービシンクR&Dの藤原です。

3月の半ば頃から、「Even G2」というスマートグラス向けにアプリをいろいろ作っていて、この1ヶ月ほどで17本くらいになりました。「Even G2」は「Even Realities」というスタートアップが作っている、視界にテキストや簡単な図形を浮かべる「インフォグラス」とも呼ばれるタイプのスマートグラスです。ディスプレイの色は緑一色で、一般的にイメージされる「カラーの派手なCGが視界いっぱいに広がる」ようなものではありませんが、軽くてバッテリー持ちがよくて操作しやすく、とても日常に溶け込みやすい製品だと思います。今回はそんな「Even G2」のアプリ作りの近況をざっくりまとめていきます。

作ったアプリの中でも「Coffee Brew Timer(仮称)」というコーヒーのハンドドリップ用のタイマーアプリは、Even Hubの公式ストアに出したいと思っています。とくに気合いを入れてマーケティングするほどのものでもないのですが、せっかくなのでどんなことを考えながら作っていたかも触れていけたらと思います。

Even G2

作ったアプリのこと

コーヒータイマー、反応速度テスト、潮汐の満ち引きを表示する時計、太陽と月の位置を描くスカイマップ、環境音レベルメーター、深呼吸ガイド、乗り換え案内など色々作ってみました。

ジャンルをわざとバラけさせていたのは、スマートグラスというデバイスの得意な場面がまだ自分のなかで定まっていなかったからでした。1本に絞って磨くより、まずはたくさん作って、何が残るかを自分の身体で確かめたかった、ということです。

正直17本のうち大半は「これはスマホアプリでよかったのでは……」というものでした。思いつくアイデアの多くは、結局のところスマホの画面の上でも成立してしまうもので、そこを乗り越えるのはけっこう難しいというのが、数を作って改めて感じたところです。

それでも、17本のなかに「これは自分の生活に残るかもしれない」と感じるものがいくつかはありました。潮汐時計や深呼吸ガイドなどはグラスで使うとしっくりくるタイプの体験で、「Coffee Brew Timer(仮称)」もそのなかの1本です。逆に、自分でも期待していた乗り換え案内のようなアプリは、結局スマホで開いた経路アプリのほうが情報量が多くて速く、グラスに置く必然性をうまく作れませんでした。スマホでやれることをそのままグラスに移しただけでは、案外勝てないものなのだなと改めて感じました。

コーヒータイマーのアプリをストアに出したい

ストアに出すアプリを選ぶときに気にしたのは、「自分が毎日使い続けるか」でした。

「Coffee Brew Timer(仮称)」は、ドリップ中に両手がケトルとサーバーで塞がっていて、ドリッパーから視線も切りたくない、という、スマートグラスがまさに役立ちそうな場面のためのアプリです。スマホのタイマーをちらちら見るのと比べて、視線を少しだけ上げて視界の隅で確認するほうがコーヒーを淹れる動作のリズムを崩しません。ハンズフリーであることの良さと画面が空中に表示されることの良さをどちらも活かせたと思います。

17本作ってきたなかでもグラスとの相性が良いほうに思えたので、最初の1本としてストアに出してみることにしました。

Coffee brew timerのキャプチャ

画面の中身は、最初に作ったときの7行くらいの情報量からだんだん削っていって、最終的には残り時間と目標湯量と簡単なゲージくらいに落ち着いています。

地味に時間を使ったのが、画面の表示領域の使い方でした。スマートグラスの画面は、ウェブページのように細かいレイアウトを組めるわけではなくて、テキストの箱を置く位置と大きさを決められるくらいの粒度しかありません。1ピクセル単位でずらしたり、部分的に文字の大きさを変えたりといった調整は効かないので、行の取り方や文字数の配分で見え方を整えていくしかありませんでした。スマートグラスらしいUIの奥深さは、案外こういう制約のなかでどう情報を整えるかにあるのかもしれない、と感じています。

もうひとつ細かいところでは、次のステップに移る5秒前にだけ小さくプレビューを出す、という見せ方にしました。「次は◯◯g」をずっと出し続けると視界の主役を奪ってしまうし、切り替わった瞬間に初めて出してくると、淹れている人が読み取って身構える時間が足りない。「そろそろ次がきますよ」を視界の隅でやんわり予告する、その間合いをどう取るかが、地味なわりに気を使ったところでした。

スマートグラスの画面はいつもギリギリまで削るべき、というわけではありません。ゲームや読み物アプリのように情報密度が高いほうがいいケースもあるはずです。ただ「Coffee Brew Timer(仮称)」のような「作業の邪魔をしないこと」が一番のアプリでは、削れば削るほど体験が良くなる、という感覚がありました。

アプリをたくさん作ってみて

17本作ってみて、スマートグラスの良さが言えるポイントは、いまのところ私のなかでふたつに絞られてきています。両手が塞がっていても使えること、それと、画面を取り出して「見る」という動作が要らず、常に視界の隅に情報が置かれていること。この2つが揃う場面では、スマートグラスはスマホでは出せない心地よさを提供できます。

ただ、もう少し長い目で見ると話はそれだけでは済みません。

スマートグラスが将来スマホに置き換わる道具になるのだとしたら、グラスの良さが活きる新しい体験を積み上げるだけでは足りないはずです。いまスマホでやっていることを、そのままスマートグラスでどう成立させるかという問いも一緒に考えていかなければなりません。地図を見る、メッセージを返す、決済する、写真を眺める。新しい体験を生み出すのではなく、今スマホのなかにある日常の動作を、スマートグラスで再現する必要があります。一部はスマートリングだったりリストバンド型のデバイスなどに任せるかもしれないですけどね。

「グラスの良さを活かす」のと「スマホの置き換えを考える」のは、似ているようで少し違う作業で、どちらか片方だけを進めてもスマートグラスが日常になる未来にはたどり着かないでしょう。この2つの軸を同時に進めていくのがここからの課題になりそうです。

Metaのスマートグラスがアジアに

Metaのスマートグラスにはいま2つのラインがあります。カメラとマイク・スピーカー・AIアシスタントを積んだディスプレイなしの「Ray-Ban Meta」と、カラーの片眼ディスプレイを搭載した上位モデル「Meta Ray-Ban Display」です。「Meta Ray-Ban Display」には手首の筋肉の電気信号を読む「Neural Band」というリストバンド型のコントローラもセットで付いてきます。Even G2と直接比べられるのは後者のほうで、私はこれをCESに行ったタイミングで購入しました。

Meta Ray-Ban Display

この2つのラインは、展開状況がはっきり分かれています。「Ray-Ban Meta」のほうはすでに米国やヨーロッパ各国で販売されていて、4月20日には東南アジアでも初めてシンガポールで発売されました。日本にも今夏に届く予定とのアナウンスが出ています。

ディスプレイ付きの「Meta Ray-Ban Display」のほうは、いまも米国限定のままです。今年の初めには英国・フランス・イタリア・カナダへの国際展開が発表されていたのですが、需要に対して在庫が追いつかないとのことで無期延期になりました。EUではバッテリーやAIをめぐる規制の壁もあり、ヨーロッパで手に取れるのもまだしばらく先になりそうです。日本含むアジアへの展開時期はもちろん未定です。

加えて、現時点でMetaが外部の開発者に解放しているのはカメラと音声入出力までで、視界に情報を表示するためのAPIはまだ開いていないようです。サードパーティが作れるのは「カメラで見たものを処理して、声で答える」タイプのアプリで、視界にオーバーレイで情報を出す、いわゆるAR的な体験はまだ作れません。

そんな状況ですが、視界の上で情報をどう整えるかを体で覚えておくことには、わりと意味があるのかもしれないと感じています。「Meta Ray-Ban Display」が日本にも届き、Even G2でやっているようなアプリ作りがそちらでもできる頃には、ディスプレイ付きスマートグラスが一気に身近な道具として広がってもおかしくありません。そうしたタイミングで、ここで覚えた感覚はそのまま活きるでしょうし、いま「Even G2」向けに作っているようなアプリそのものが、もっと多くの人の手元で使ってもらえる可能性も出てきそうです。

現実を置き換えない形のXR

少し前に、シンガポールで開かれた「AWE Asia 2026」というXR業界のカンファレンスに参加してきました(参加レポートは別の記事に書いています)。そこで世界中の関係者から繰り返し聞こえてきたのは、現実との接続こそがXRの鍵だ、という論点でした。

AWE Asiaメインセッション会場

印象に残ったのが、レポートにも書いたYouTubeの話です。ヘッドセットで360度動画を見られる時代になっても、ユーザーが長時間使うときは結局フラットなスクリーンで見ているらしい、と紹介されていました。立体にできるからといってなんでも3Dにすればいいわけではなく、2Dのまま何をどの距離にどう置くか、どのタイミングで出すか、その設計のほうが大事だ、というのが大筋です。

17本作ってきた自分の体感も、その方向に近づきつつあります。スマートグラスもXRも、現実を置き換えるための道具というより、現実の体験のクオリティを少しだけ上げる道具として効くのかもしれない、というあたりです。XRというとつい立体の話をしてしまいがちですが、本当の工夫は意外と地味なところにあるのかもしれません。

これから

「Coffee Brew Timer(仮称)」はなるべく早くストアに出したいと考えているところです。日本語にも対応していますが、デフォルトは英語UIなので、海外のV60ユーザーの手元にも届けばいいなと思っています。

ここからは「Meta Ray-Ban Display」の日本上陸を待ちつつ、スマホ置き換えの課題のほうにも少しずつ手をつけていこうと考えています。

周りを見渡してみると、ここのところ日本でスマートグラスに触れる機会が一気に増えてきました。「Even G2」は3月19日に予約が始まり、4月16日からはビックカメラとヨドバシカメラの店頭にも並んでいます。Metaのスマートグラスも、先述のとおり今夏に日本上陸予定です。さらに4月20日からは、鯖江のメガネメーカーが手がけた日本発のARグラス「SABERA」のクラウドファンディングもMakuakeで始まりました。

XRはどうしても、実際にかけて触ってもらうまで良さが伝わりにくいデバイスです。だからこそ、国内で手に取れる選択肢が一気に広がっていることはいい流れだなと思っています。また何か見えてきたら、活動報告としてまとめていこうと思います。

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