公開日: AR・VR・MR

なぜいま各社がスマートグラスを作っているのか

こんにちは、サービシンクR&Dの藤原です。

ここ数週間でスマートグラスのニュースが続けて入ってきました。5月19日には Google I/O で Samsung と組んだ Android XR のスマートグラスが発表され、その2日後の21日には Ray-Ban Meta (Gen 2) が日本でもようやく発売になりました。さらに今月15日からは、アメリカで AWE USA 2026 という世界最大級の XR カンファレンスが始まる予定で、ここでも各社のスマートグラス関連の動きが続きます。去年の同じ時期にはGoogle I/O での Android XR のお披露目があったものの、各社の動きはまだコンセプト寄りでした。今年は、具体的な発売時期や数字を伴った話が一気に出てきている、という点で状況が違って見えます。

各社はいま、なぜスマートグラスを作っているのでしょうか。ウェアラブルが便利だから、AI を身近に置きたいから、カメラが使いやすいから、と理由はいくつも挙がります。サービシンクは以前からこの領域を追ってきたので、今回はその視点から、私に見えていることを少し整理しておこうと思います。

私たちが考えてきたこと

サービシンクは2018年に、代表の名村が「スマートフォンの終焉と次のデジタル体験」というブログを書いています。私たちはその頃から、スマホで扱う情報量はこのまま増え続けるはずだと考えてきました。最終的に、ディスプレイは AR の側(メガネのレンズや視界の上に情報を浮かべるかたち)に舞台を移していくのではないか、と予想していました。PC は持ち歩けず、スマートフォンは画面サイズに限界があります。それなら巨大なスクリーンとして扱える空間、つまり AR にデジタル表現の場が移るほうが自然なのではないか、という見立てでした。

その予想を出発点に、サービシンクでは2024年から本格的に R&D(研究開発)活動を始めて、いまも続けています。私自身は作る側として、Even G2 や Apple Vision Pro、Meta Ray-Ban Display といった XR デバイスを実際に使いながら、Web 制作会社として何を準備しておくべきかを少しずつ確かめているところです。

ただ正直に書いておきたいのは、いま手元にあるスマートグラスはその予想の地点にはまだ届いていない、ということです。前回の記事でも書いたように、Even G2 でいくつかアプリを作ってみたところ、視界に情報を増やすほど体験はむしろ悪くなるという経験を得ました。

これは「予想が外れた」というよりは、「いま私たちは移り変わりの途中にいる」という話だと思っています。視野角や解像度、処理の重さといった制約のなかで、私には、いまのグラスは情報を減らす作り方が正解だと感じられます。それでもハードが進化していけば、いつかは現在のスマホ以上の情報量を扱える日が来るはずです。

各社が言っている「なぜ」

では、各社はそれぞれ何を理由にスマートグラスを作ろうとしているのでしょうか。

Meta のマーク・ザッカーバーグ氏は、2025年7月の投資家向けの説明の場で、はっきり踏み込んだ言い方をしていました。「自分はコンタクトレンズで視力を補正している。もし補正をしなかったら、世の中を歩くのに認知的なハンデを負うと感じる。同じように、AI とやり取りできるメガネを持たない人は、将来かなり大きな認知的ハンデを負うことになると思う」。同じ場で「メガネは AI にとって理想的なかたちだ。AI に自分が見ているもの・聞いているものをそのまま渡せる」とも語っていて、Meta は AI とカメラを一体にしたかたちで Ray-Ban Meta を売り出しています。スマートグラスを「あったら便利な道具」ではなく、「持っていないと不利になる道具」として見せたい、という構えが見え隠れします。

Meta と組んでいる EssilorLuxottica、つまり Ray-Ban を作っているメガネメーカーの CEO フランチェスコ・ミレリ氏も、AI グラスを「スマホを置き換えうる、次の大型消費者向けテック」と位置づけて、自分たちはこのカテゴリーのリーダーになると公の場で繰り返し語っています。世界最大の眼鏡屋がそう言い始めたことは、私には小さくない出来事に思えました。Ray-Ban Meta を中心とした AI グラス全体で見ると、2024年末頃までの合計が約200万台でしたが、2025年だけで700万台ほどに伸びていて、いまでは同社の収益成長の3分の1以上を、この事業が占めているとされています。生産能力もこれから大幅に引き上げる計画だそうです。売れている主な理由としては、ハンズフリーでサッと撮れるカメラ機能の便利さが、多くの人に刺さっているようにも見えます。

Google はかつての Google Glass の反省を踏まえつつ、今度は Samsung と組んで Android XR という共通の土台から攻めています。Glass の経験について、共同創業者のセルゲイ・ブリン氏は「私は Google Glass で多くの過ちを犯した」と振り返っていて、今回は価格・デザイン・巻き込むパートナーの数まで、最初の Glass とは作り方を変えてきています。今回の I/O で発表されたオーディオグラスは、Gentle Monster や Warby Parker といったメガネブランドと組んで作るとのことで、技術ではなく日常着用を起点にしているのが見て取れます。Gemini という AI を、いつでも目と耳のすぐそばで使えるようにする、というのが Google 側からのメッセージです。Apple のほうも、お手頃価格の Vision Pro の開発をいったん止めて、エンジニアを軽量スマートグラスの担当に移したと報じられています。

Snap は、Snapchat のレンズ機能などで、スマホアプリのなかでも AR をいち早く広めてきた会社です。エヴァン・シュピーゲル氏は、2026年が会社にとって正念場の年だと書いていて、消費者向けの AR グラス「Specs」を2026年秋に発売する予定だそうです。シュピーゲル氏は社内向けのオープンレターのなかで「Specs はスマホの限界を超え、レッドオーシャン化した競争を抜けて、人間中心のコンピューティングへ向かう、一世代に一度の転換期へ踏み込むための道具だ」とも書いていました。6月の AWE USA での基調講演のタイトルは「Making Computing More Human」。スマホの画面で完結する世界を超えて、現実の上で人と人がデジタル体験を共有する方向に、コンピューターとの関わりを引き戻したい、というのが彼の言い方でした。シュピーゲル氏の言葉を見るかぎり、Snap にとってのスマートグラスはスマホの後継というより、Snapchat のなかで広めてきた AR を、画面のなかから現実の上に解き放つ場所、という位置づけに見えます。

各社が掲げる理由はそれぞれですが、見比べてみるといくつか共通したところが見えてきます。AI を目と耳のすぐそばに常時置きたい、両手を空けたままにしたい、メガネという形なら毎日着けてもらえる、そして顔のうえは私たちの体のなかで最後に残された「一等地」のような場所、というあたりが各社の言い分の中で重なり合っています。

私たちがもともと見てきたのは「肥大した情報量の行き場としての AR」という軸でした。2018年に名村が書いた予想もそこに立っていて、以来この見立てを土台に研究を続けています。ただ、先に書いたとおり、いまのスマートグラスのスペックではこの「情報量」を支えるところまではまだ届いていません。

AI を視界のそばに置きたい、というもうひとつの軸は以前から意識はしていましたが、当時はまだ AI そのものが身近ではなく、表に出る前でした。各社の動きを見渡すと、ここ2〜3年で AI が一気に身近になったことで、この軸はいよいよはっきり立ち上がってきたように感じます。各社がいま動いている理由も、まずはこの AI 軸が現実的になったから、というのが大きいと思います。ARで大量の情報を扱うという軸での発展は、この先のハードウェアの進化を待つことになるでしょう。

プライバシーという壁

もちろん、ここまで書いてきた未来予想がそのまま実現するわけではありません。スマートグラスがスマホの位置に届くために、まだ越えていない壁がいくつかあります。そのなかでも、最近大きな話題になっているのがプライバシーです。

Ray-Ban Meta については、顔認証機能の搭載をめぐって、アメリカで人権団体を中心とする市民団体から、Meta に対する大きな反対の声があがっています。別の動きとして、撮影された動画が外注先で AI の学習用に閲覧されていたという報道をきっかけに、アメリカで集団訴訟も起きています。撮影者の手元を見れば「撮っている」ことが分かるスマートフォンと違って、メガネを使った撮影は気づかれにくい。撮影中は LED が点灯する作りになってはいるものの、それを隠すためのシール商品が出回っています。作りどおりには動いていない現実もあって、なかなか騒がしい状況です。

ただ、こうしたパニックが起きるのは決して新しい話ではありません。1888年、ジョージ・イーストマンが Kodak ブランドで世界初の携帯型カメラを発売したときも、よく似た反応が起きていました。当時25ドルで売り出されたこのカメラは、家族写真や街の風景を初めて気軽に撮れる道具として一気に広まりました。一方で、無断で撮られることへの警戒も社会に広がり、街なかで撮影をする人々を「Kodak fiend(コダックの悪魔)」と呼ぶ言葉まで新聞に登場するようになりました。

1890年には、こうした問題を背景に、ハーバード大学の法学誌に「The Right to Privacy」という、のちのプライバシー権の出発点になる論文が掲載されています。1903年にニューヨーク州が州レベルでは初のプライバシー保護法を成立させるあたりまで、社会は新しいカメラと折り合いをつけるのに10年以上を費やしました。

似たパターンは、その後にも顔を出します。2013年に Google が発表した Google Glass も、隠し撮りへの不安から強い拒否反応を受けました。レストランやバーで着用禁止になり、サンフランシスコでは装着者が暴行を受ける事件まで起きています。かけている人を揶揄するように「Glasshole(グラスホール)」という言葉も広まりました。ただし、Glass は Kodak のように社会と折り合いをつけることはできず、2015年に消費者向けの販売を終えて、そのまま市場から姿を消していきました。

私自身、こうした歴史的な接続を意識するようになったのは、去年12月にブリュッセルで開かれた UnitedXR Europe 2025 で、欧州の登壇者の話を聞いたのがきっかけでした。「個人がカメラを持ち歩くようになった時代も、最初からすんなり受け入れられたわけではなく、距離感や暗黙のルールが少しずつ形づくられていった。スマートグラスもまずはそのプロセスを通る必要がある」、と聞きました。そのときのレポートにも書いていますが、いまも頭のなかに残っています。

こうして振り返ってみると、Kodak と Glass の違いから見えてくるのは、人々が「便利だ」「使いたい」と感じるものなら、社会は時間をかけてもそれと折り合いをつけていく、ということだと思います。一方で、その「使いたさ」をうまく作れなかったものは、騒ぎのなかで姿を消していきます。1888年の Kodak も、はじめのうちは街なかで撮ることそのものが警戒されていましたが、20世紀に入って、Kodak が「Brownie」というたった1ドルの大衆向けカメラを出した頃には、社会のほうがカメラとの付き合い方を覚え始めていました。撮ってもよい場所、撮らないほうがいい場所、撮ったあと公開してよいかどうか、というあたりに、書かれないルールが少しずつ積み重なっていったように思います。

こうして見てくると、Ray-Ban Meta が Glass のように消えていく未来は、いまのところは見えてきません。2025年だけで700万台という数字は、すでに Kodak の側、便利だと受け入れられていく側に立ちつつある、と読めるところまで来ています。

一方で、市民団体からの反対や集団訴訟、撮影された動画が外部の業者に閲覧されていたという報道など、問題が大きくなってきているのも、Ray-Ban Meta が社会の無視できないボリュームに達したからこそ、とも言えます。本当に便利で手放せないところまで届けば、社会は時間をかけてもそれと折り合いをつけていきます。逆にいえば、いまはまだ「手放せない」レベルにはもう一歩、ということなのかもしれません。

もうひとつ、Kodak のときとは違う性質の問題も出てきています。グラスは周囲の人のプライバシーだけでなく、かけている本人のプライバシーも問われます。撮影した動画がクラウドに送られ、外部の業者に閲覧され、AI の学習素材として使われる。撮る側と撮られる側の両方が、別の誰かに見られているような構図で、Kodak の時代にはなかったタイプの懸念です。

個人的に気になっているのは、Apple がスマートグラスをどう出してくるかです。プライバシーへの姿勢を長く製品の真ん中に置いてきた会社が、本気でこの領域に入ってきたとき、いま起きている懸念のやり取りも、少し違うフェーズに進むのかもしれません。

これから

そんなことを考えているうちに、2週間後にはアメリカで AWE USA 2026 が開かれます。サービシンクは去年の AWE USA も視察に行っていて(Day1 / Day2 / Day3)、世界中の関係者から「スマートグラスをどう日常に置いていくか」という話を繰り返し聞いてきました。今年のテーマは「I, Spatial - Humans Empowered by Spatial AI」、空間と AI に人間が支えられる、という感じです。2日目の基調講演でシュピーゲル氏が何を出してくるのか、Snap Specs と一緒に何を語るのか、楽しみにしているところです。

それと、先日の Google I/O で、AR グラスを作っている XREAL と Google があらためて披露した Project Aura というディスプレイ付きの Android XR グラスも、AWE の会場で実機に触れたらいいなと思っています。視野角70度と広めの透過ディスプレイで、ポケットに入れる小さな計算ユニットとつないで動かす作りだそうです。XREAL からは AWE で詳細を出すとアナウンスもあるので、ここでも何か新しい話が聞けるかもしれません。

各社が一斉に動き始めて、スマホ以上の情報量を扱えるグラスも、いずれ手が届く範囲に近づきつつあります。それと並行して、社会のほうもプライバシーをめぐる新しい折り合いをつけはじめています。私自身も今月、AWE USA に行ってきます。基調講演やセッションで各社がどんな話をするのか、現地で聞いてきたうえで、また改めて書こうと思います。

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