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サービシンクが「坐禅研修」をおこなう上で大事にしている8つのこと

2018/06/05 代表ブログ

サービシンクでは年に二回ほど、希望者を対象として一泊二日の禅寺での「坐禅研修」をおこなっています。

ちょうど2018年5月26日(土)〜27日(日)にかけて今期の1回目の坐禅研修がありました。

曹洞宗 高雲山 観音寺

青森県の八戸にある曹洞宗 高雲山 観音寺の全景です。

 

この坐禅研修については新卒説明会や転職活動をされる方との面談でも比較的多く質問をいただきます。
この研修を企画してやると決めた私が、あらためて意識していることを整理していたのですが、ある程度形になったので、遅ればせながらこのブログで共有しようと思います。

私自身は禅僧でもないですし、さしあたって得度するというようなつもりもありません。ですので、宗教色とはまったく無関係なところで「禅」をみています。

あくまで「仕事人」として生きていく上で、自分の"心の有り様"といったものを捉え、仕事に対してどのように向き合っていくのか?を考えるための、いわば「ツール」として禅と付き合っています。

そのため「それが禅なの?」というところもあるかもしれませんが、あくまでサービシンクの場合はこんな事を意識しています、というレベル感で読んでもらえれば幸いです。

その1 参加は任意、レポートなし、成果不要の研修

最初に書いておきますが、サービシンクでの「坐禅研修」は、強制参加ではありません。

  • 参加は本人の希望
  • ただし希望者への補助的な形を取っているので休日出勤扱いにはしない
  • 参加後のレポート提出等はなし
  • 参加をしても実務で課せられる結果設定等もなし

というものになっています。

ですので、「サービシンクに入ったら絶対に坐禅をさせられる」というわけではないので、まずその点はご安心ください。

必須研修でない理由は、次項の「坐禅研修をしている意味」にも繋がりますが、基本的には「スキル」を習得するものではないという位置づけだからです。
もし坐禅研修自体が「坐禅の方法を身につける」ことであり、それは「サービシンクとして全員が必修のもの」であれば全社参加研修ですが、そういったものではまったくありません。

冒頭でかいた「仕事に対してどのように向き合っていくのか」のための1ツールですので、そういったツールをすでに持っている人はあえて「坐禅」を使う必要もない、と考えいます。

その2 サービシンクで坐禅研修をしている意味

サービシンクで坐禅研修をしようと考えたのは、私自身が坐禅を体験した結果でした。

2015年11月に私は現在提携をしてもらっている青森県の曹洞宗 高雲山 観音寺にいき、坐禅を行いました。この時は、私自身が「サービシンクの次をどうしていこうか?」ということをかなり思案していた時期でした。

その時に「じっくりと考える時間が欲しい」ということを考えてきた時に、以前に紹介を受けていた観音寺での一泊二日合宿に参加をしました。

人間は体験したことのないものに対しては引っ込み思案になりがちで、かくいう私もそうだったのですが、着いたお寺ではこれまでに体験したことないほどゆっくりとした時間が流れていました。そこで一泊二日の坐禅研修を受け、30分の坐禅を合計で8回〜9回ぐらいおこなったはずです。

その中でもちろん主題だった「サービシンクの今後」にも思いを至らせたのですが、実際に得られたのは「積極的に何も考えないことを行う」時間が得られたことでした。

脳の動きとしてよくあるのが「思い出そうとしていたものが、思い出すのを諦めた瞬間に思い出す」という作用があります。これは脳の中に緊張が却って思考を止めてしまう、というものだそうです。

それと同じで「あれをどうしよう、こうしよう」と考えているときほどそれに対してのアイデアというのは出ないもので、むしろ考えまい考えまい・・・としている方が頭はクリアになり、集中の深度はあがり、思いを馳せる広さも広がっていきます。

その感覚を坐禅中に強く感じ、結果として「こうしていきたい」ということがいっそう頭に浮かんできた・・・という経験を得られました。

そこで考えられたアイデアそのものよりも私が注目していたのは、「坐禅中に得られる思考の広がり」の作用でした。東京で仕事をしている最中でももちろんさまざまな企画などを作り上げる時におこなっていることではありますが、それ以上に坐禅中は効果的に感じられたのです。

会社のメンバーにも体験してもらいたい、という単純な思いが最初に「これを会社の研修(福利厚生?)にしよう」と思ったきっかけでした。

その3 足りなくなっている「内省」の時間

実際に会社の研修にしようとおもった時、それを会社の中で伝えていく上で自分なりに「坐禅」で得られたものを分析・言語化しててみました。

最終的な私の結論としては「内省」の時間をとる必要がある、ということでした。

内省
自分の考えや行動などを深くかえりみること。反省。「過去を内省する」
自分自身の心のはたらきや状態をかえりみること。
内観ともいう

出典 コトバンクより

内観
一般には,自分の意識している状況を内面的に観察すること。〈内省〉ともいい,英語introspection,ドイツ語Selbstbeobachtungなどの訳。心理学では知覚の内容,感覚の状況,感情状態等を実験的・計画的に,かつ他の事象と関連的に観察する科学的経験を指す。内観による研究方法は内観法と呼ばれ,心理学(とく構成心理学)研究の重要な基礎の一つである。

出典 コトバンクより

といったものですが、都内にいてデジタルの仕事をしている上にスマートフォンがあれば、時間は無制限に浪費をしていくことが可能です。とくにスマートフォンでのメッセージのやり取りやソーシャルゲーム(ソシャゲ)等は「隙間時間の奪い合い」とも言われており、

  • ちょっと電車をまつ間
  • 食事処で注文の品が出てくる間
  • 道を歩いている間
  • 電車で立っている間

といった、それまでの時代には「読書」ぐらいしかやりようがなかった時間に、否応なく「スマートフォン」は入ってきます。下手をすると会社からの帰宅持、意識的にはスマートフォンだけをみて帰宅する人もいると思います。
(慣れている道程の場合、歩いて電車のって駅降りて家の前までいくことができる人もいますから)

そういった時代において、頭の中で「○○をどうしよう」「✕✕について今後なにをするべきかな」といった、”明日から数年先”といったさまざまな未来のことを考える時間的余裕が、実はドンドンなくなってきているのではないか?と思ったのです。

結果としては「刹那的に目の前のことを行う」「先のわからない事を考えるより目先のゲームの最高得点」。
これが悪いわけではないですが、名村の価値観においては「どうせ仕事をするならその中で成長したい」というのが根底にあります。

その時「内省」をおこなっていく時間自体は、極めて重要な時間であり、それはきっと年を取れば取るほど実感ができてきます。年をとった方が経験から見通しが着くようになる分だけ、同時に思案する事項が増えていくので、それらの整理の時間が必要になるからです。

そのための時間として「坐禅」をおこなうことはとても有効だと考え、「成長」自体をキードライバーにしているサービシンクでは研修として取り入れました。

その4 坐禅の時間は頭の「デフラグ」

名村自身も年に一回ぐらいは観音寺まで行っていますが、昨年いっそう「坐禅の意味はこれか!」と思うことがありました。

昨年は諸事情もあり名村は2泊3日滞在していました。
その中で坐禅を組んでいたのですが、2日目まで「30分1回」の坐禅の間、感覚的な言い方になるのですが「いま坐禅をしている」ということにまったくと言っていいほど集中できなかったのです。
仕事で判断を置いておいたものが坐禅中にドンドン頭に浮かんできてしまって、出てくるたびに「それ違う」「あぁ、それも考えないといけなかったやつだ」といったことを2日間延々続けていました。

それが3日目の朝1の坐禅のときにふと「あ、今やっと坐禅をしていることに集中できてる」と思えた瞬間がありました。実に2日間もの時間がかかったのですが、そこでやっといろいろなことが頭の中で順番に整理ができるようになりました。

この時「坐禅で頭の中がデフラグできたんだ」いう言葉が思わずでてきて、実際に頭の中がすっきりしました。

普段仕事だけではなくプライベートでも人は多くの判断を繰り返しています。その中で優先度からしばらくおいているものもあると思います。それらが溜まってくるとやっぱり人間、処理速度は遅くなるし頭痛の種にもなります。

坐禅でそれらの考えること自体はクリアになりませんが、考えるための頭の中はすっきりさせることが可能だと思っています。

デフラグ(デフラグメンテーション)
ハードディスクドライブ (HDD) のようなディスク式記憶装置でファイルの生成と削除を繰り返していると、ファイルが占める領域がだんだんと分断化されてゆく。これをフラグメンテーションまたは断片化という。ファイルが断片化すると、ひとつのデータがディスクのあちこちに点在している状態になり、余分にディスクヘッドを多く動かさなければならないため、ファイルアクセスが遅くなり、またディスク装置の寿命を縮める恐れもある。空き領域が断片化すると、大きなファイルを生成するときに断片化しやすくなる。元々は、ファイルシステムがあえて断片化を許容することでデータの柔軟な管理を可能としているため、断片化は宿命といえる。

デフラグはこのような断片化された状態を整理し、ファイルや空き領域を記憶装置中で連続的に配置しなおすことによってファイルアクセスの速度を向上させる可能性がある。
Wikipediaより

その5 坐禅の科学的効能の側面

坐禅の効能について自分が経験した後に一度調べたことがあります。というのは、

「これは『オカルト』的なもので、個々人の「感覚」に依存したものではないのか? そうだとしたら、自分にとってはいいけど、周りの人にとってはまったく意味がなくて、プラシーボ的なものの一種なのではないか?」

という感覚がどこかにあったからです。

そこで調べた結果が次のようなもので、実際には科学的にも意味があるようです。

  • 坐禅を組んでいる時、身体の動きの大部分が止まることになる。その結果として、身体の動きはほぼ呼吸だけになる。この呼吸だけの状態は「リズム運動」状態というものになる(ただし通常の漫然とした呼吸ではなく、腹式呼吸で、さらに丹田呼吸法という人体の丹田に意識を集中した呼吸法である必要があります)
  • リズム運動に入ったとき、体内で「セロトニン」という物質が活性化する。
    セロトニンとは『ノルアドレナリン』や『ドーパミン』と並んで、体内でとくに重要な役割をはたしている三大神経伝達物質の一つ
  • この「セロトニン」は生体リズム・神経内分泌・睡眠・体温調節などの生理機能と、気分障害・統合失調症・薬物依存などのさまざまなものに関与しているらしく、ノルアドレナリンやドーパミンなどの感情的な情報をコントロールし、精神を安定させる働きがある
  • またホルモンとしても働き、消化器系や気分、睡眠覚醒周期、心血管系、痛みの認知、食欲などの制御にも絡んでいる
  • つまり「坐禅」→「呼吸への集中=リズム運動」→「セロトニンの活性化」→「精神安定」という科学的な変化も実在
  • セロトニンの大敵は、ストレスと疲労らしい。
  • また食生活も密接にかかわっているとの説もあります。昼夜が逆になってしまうようは不規則な生活、食の欧米化などもこのセロトニン減少の一因

ということがわかりました。

ですので、科学的な効能として、体を一定のリズム運動状態にすることでセロトニンを分泌しやすい状態にし、分泌された結果として精神的な安定感を感じることができる、という事です。

その6 シリコンバレー企業における「禅」「ZEN」

シリコンバレーのIT企業、ことにGoogleやAppleが社内で「禅」「ZEN」の考え方を取り入れていることは比較的有名です。

故スティーブ・ジョブズは「乙川弘文」という禅僧の方と30年来の交流を持っており、プロダクトにZENの考え方を取り込んでいたこともご存知の方は多いと思います。

彼らはなぜ「禅」「ZEN」に傾倒するのでしょうか?
古い記事も含めてですが、

これらの記事は比較的に端的に禅やZENについて語ってくれています。

彼らにとって「禅」は決して宗教色の強いものではなく、自己研鑽、内省、自律調整といった仕事のための「ツール」という側面がやっぱり強く現れています。

もちろん働き方としてアメリカナイズな働き方・考え方と日本的な働き方・考え方の差異はあります。それに文化的な思考にも差異があります。ですので「シリコンバレーでやってるから僕らも採用しよう」というのは早計だと思います。それは「形」を真似ているだけで、それだけで何かが変わるほど「禅」「ZEN」「坐禅」は万能ではないと思います。

ですが、少なくとも名村自身にとっての「坐禅」はここまでに書いたように、自身にとって「内省」「デフラグ」といった自身が仕事をしていく上で、一定の壁を打開し乗り越えていく上での一つのツールとなっているのは間違いありません。

インドで生まれ、中国に伝わり、日本に入った禅が世界に広がり、それが逆輸入のように日本に戻ってきてはいますが、今一度「日本人として受け入れる禅」を模索した上で取り組んでいくべきだとは思っています。

その7 心身ともの成長を促したい

サービシンクでは現在会社を大きくしていこうとしています。その中で「心身ともの成長」は前述の通りで全社的にキードライバーとしています。その中で「身」つまり体の方は、

  • ムリ・無茶な残業を前提とした仕事スタイルにしない
  • 定時退社を会社の基本方針として打ち出していく
    (2018年5月時点で平均残業時間は22時間/月です)

といったことを私を始めた経営層やマネジメント層が意識をした上で、会社を作っていくことだと思っています。

ではもう一つの「心」、文字通り心や精神の成長とは何によってなし得られるでしょうか?

これは恐らく他人からなにかを言われて成長できるものではないと考えています。

きっかけとしての他人からの言葉や事象はいっぱいあるとは思います。ですがある「きっかけ」が必ずしも万人のきっかけに繋がらないように、「きっかけを自分がどのように理解をするか?」ということが極めて重要です。

会社としてそこに何が手伝えるか?といえば「自分の感情や心と付き合う時間を作ること」だと現時点では考えています。
もちろん坐禅自体の科学的な効能などはありますが、それ以上に重要なのはこの「心と向き合うこと」です。

会社として坐禅を研修科目にすえたのは「自分の心の有り様」を見る時間を、求めるメンバーには提供してあげたい、できればそれは都会の喧騒を離れた場所で、ということからです。

その結果としてメンバーの「心身ともの成長」につながってくれれば、これ以上いうことはありません。

その8 自社でおこなっている観音寺住職の前田憲良和尚の独参

観音寺の住職である前田憲良和尚には、この青森での研修と別に、毎月一回、約4〜5時間会社にお越しいただいています。

その模様は以前にも弊社のブログで記事にしています。

サービシンクでのユニークな社内研修「禅寺の和尚との『独参』」をおこなっている意味と意義

お越しいただいている4〜5時間の間に、毎回3〜4名の社員が前田和尚とさまざまな話をする時間になっています。(詳しくは上の記事をご覧ください)

こちらは数ヶ月に一回順番が回ってきた時は受講必須な研修(?)となっていますが、写真をみていただければわかるように、前田和尚は穏やかな顔で話を聞くことが主ですので、何かを問い詰めることは一切ありません。
むしろこちらが何かを言い出さなければいくらでも待ってくれています。ですので当初は何を話していいかわからない人も当然多数います。

ですがこれも具体的な技術やスキルではなく「どのように生きるか?」ということを考える時間を数ヶ月に1時間ぐらいは会社で取ってもいいじゃないか、ということから行っているものとなります。

坐禅研修の様子

2018年5月26日(土)〜27日(日)に曹洞宗 高雲山 観音寺にお伺いしたときにサービシンクでの坐禅研修中の模様です。

研修の場所

観音寺の前田和尚に了承をいただき、観音寺の空撮を撮らせていただきました。 青森の十和田の広さが良くわかる動画になっています。

観音寺の全景の模様
上空からみると、都会とは違い空の広さが一層良くわかります。

観音寺では坐禅は動画真正面の本堂にておこなわせていただいています。夕方〜夜になると「シーン」という音が聞こえてきそうなほどの静けさの中で坐禅を組むことができます。

実は東京都内でも坐禅を組むことができるお寺はいくつかあります。
ですが多くの場所では坐禅中、意識が集中された状態ですと、周りの音というのが嫌でも耳に入ってきてしまうこともあり、そういった事情含めて青森まで行っている、ということも実は理由としてはあります。

研修中の様子

観音寺での研修の模様1

観音寺の本堂にて坐禅を行っているメンバーです。奥にいる方は「警策」でたるんでいる時にカツをいれていただけます。

観音寺での研修の模様2

メンバーの坐禅の模様その2です。この時は撮影者を含めて5名で参加をいたしました。

前田憲良和尚

坐禅ばかりではなく、前田憲良和尚から禅の中で生まれた言葉を元にして、現代における生きるヒントを法話していただきました。

 

「歩行禅」をおこなった奥入瀬渓流・蔦沼

観音寺で前田和尚は、我々が「自身との対話」をおこなう上で「坐禅」という方法だけではなく、”食事”や”歩く”といった日常の行動においても意識を底に向けることで、自分の体や周りの音、味や食感といったものからも、意識をさまざまなものに向ける事を伝えていただけます。

その一環として、十和田にある風光明媚な「奥入瀬渓流」「蔦沼」にもいき、言ってしまえば「散歩」もしてきました。

奥入瀬渓流の川の流れ1

奥入瀬渓流を雲井の滝の辺りから上流に向かって側道を歩いていった景色です。

奥入瀬渓流の側壁

奥入瀬渓流の上流にある十和田湖はカルデラ湖で、火山噴火のときの噴石が川のあちこちにあり、周りの意思模様がとてもきれいです

奥入瀬渓流の川の周り

奥入瀬渓流の川の周りには手付かずの自然が残っています。
水の音と木々の擦れる音が耳に心地よいです

奥入瀬渓流の川模様

当日は晴れていたのですが、水の色と木々の新緑の色のコントラストが目を癒してくれました。

 

我々はあまりにもきれいな景色のため、写真撮影に意識がいってしまったのですが、本来は、

  • 歩く中で、片足の裏が地面から離れる
  • 膝が曲がっていく
  • 足が前に出る
  • 足が地面につき、ゆっくり体重が乗っていく

といった体の動きを筋繊維の一つ一つまでを感じ取れるように意識し、その上で木々の揺れる音や鳥などの声を聞き、その空間に身を委ねる、といった事を体験する時間でもありました。

蔦沼

十和田湖から少し離れた場所にある「蔦沼」
温泉旅館があるのですが、散策道の途中にこの「蔦沼」があります。
秋の紅葉は息を呑む美しさです。

禅体験を通して自分と向き合える時間を

これかの仕事の世界は、どの会社も自社の商品のグローバル化はどうなるか不明ですが、恐らく「働き方」の感覚的なものは恐らくどんどんグローバル化していくと思っています。

というのは「アメリカではこうだよね、それに比べて日本は・・・」といったものが顕在化してきているからです。
「働いている人」という意味でも、都内のコンビニなどでいえば外国人の方がドンドン増えています。これはアメリカに移民がドンドン入っていた時代のようなものではないか?と思っていて、この流れの中で恐らく日本人自身が「日常的にが外国人の方が周りにいる」という世界観に慣れていく時期なのでは?と思っています。

そういっった「思考のグローバル化」の中では何かにつけて「スピード」が求められ、社会の変化はいっそう加速度を増していくと思います。

そうするとやはり「自分自身と向き合う」時間、一見すると「何も生産性がない時間」というのは削られていってしまうのではないか?と思っています。

その時「坐禅」という手段にこだわる必要はまったくありませんが、自身の心と向き合う時間を取ること自体は重要になって行くと考えています。


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